円空仏は彫り出されない。求める人それぞれが見出すもの

投稿日:2017年1月1日 更新日:

 

およそ400年のときを経てなお人々を惹きつける円空仏。あるものはかつてお産の苦しみを和らげる像(*)として村人の信仰を集めたそうです。その力の源泉はどこにあるのでしょう。

彫刻家は自らの作品を評するとき、素材にあらかじめ秘められた形を彫り出しているに過ぎないと謙遜します。そして僕たちはその巧まざる感性に唸る。形はすでにあり、その出現に手を貸すという論理です。

円空仏の場合、現代のそうした思考を超越してあるようです。

円空仏は制作年代が下るとともに素朴の極みへと進化していきます。裂けた木肌にわずかにおぼろげな輪郭とお顔だけ、それも目鼻口の印象しか表現されていないものがあります。すでに像さえ彫り出していない。円空は取り出して見せるのではなく、ただ鉈で印をつけ、これを感じ(観じ)よ、とそっと置くだけなのです。

 

enkubutsu

 

元来僕たちは「愛」を持ち合わせています。「愛しみ」と書き「かなしみ」と読むのは愛と悲しみが同意である証左です。物事に対して悲しいと思う心には同情があり、慈しみがあり、救いを差し伸べようとする愛があります。

さて、そのありようをわかりやすく規定したのが仏教でした。

阿弥陀如来は法蔵菩薩が悟りを開いた姿です。法蔵菩薩はその修行に先立ち四十八の誓願を立てました。その一つには成仏したいと願うすべてのものを救うことができなければ悟りを開かないというものがあります。そしてそれは「悲願」と呼ばれています。すでに阿弥陀如来はおられているわけですから、一切衆生はあらかじめ救われている、とする浄土信仰の根本をなすものです。「悲願」とされた「救い」は仏の「愛」そのものであり、それにすがろうとする衆生のためのシンボルとして円空仏は機能したと考えます。

円空の帰依した宗教には諸説あるようです。とはいえ衆生に対する彼のまなざしに阿弥陀の心が宿っているのは確かです。

ドストエフスキーは「芸術の弱点は注意深く観なければ、そのよさがわからない点だ」と述べています。もとより美術品として出発しているわけではありませんが、注目したいのは「注意深く観よう」とさせる円空仏の引きの強さです。

極限までに省略された表情が、よい意味でのゆるさと懐の深さとなり、それぞれが心に描く笑みを自由に観させてくれる。救われたいと願う心が、求める愛を容易に見出せるようにつくられているということができます。円空は阿弥陀の悲願を仏像制作で実践する者でした。

もしかしたら森羅万象に円空仏は宿っているのかもしれません。ただそこに見出していないだけ。とすると世界はどれだけ救いに満ちていることか。微笑みは、どこにある。あなたの見つめるすぐ目の前にあると思うのです。

*出典: 2016年12月25日NHK日曜美術館「井浦新 円空への旅(再放送)」

 

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