そらより

おもしろいと、かわいいと、おいしいと、うれしい。

野よばれ

      2016/10/28

 

大叔父は、背が高く、笑顔を絶やさない男だった。10人兄弟の一番上が僕の祖母で、すぐ下の弟が大叔父だった。農業に篤い親は戦時中にお国から勲章をいただいている。それなりの家のお坊ちゃんだった。何にでも興味を示し、博識で知られていた。

僕の妹が結婚相手を決めたとき、まだ親同士が会ってもいないうちから、新郎の自宅を探し当て、カメラに収め、わざわざ写真を見せにきてくれた。少しおせっかいなところがあったが、人柄がそれを笑い話にした。

 

noyobare

 

半農半漁の僕の生家では、秋に祭りがあった。いわゆる収穫祭である。近在の親類を呼び集め、御馳走を振る舞った。それは「祭り」が転じて「まち」と呼ばれていた。

当日は表座敷と奥座敷の仕切戸が取り払われ、客用の卓がずらりと並べられた。台所はてんやわんやで、いつもは祖父祖母の寝室となっていた納戸にまで、作り置きの料理が置かれた。昼近くになるとぼちぼちと親類がやってくる。大叔父は「まち」の宴席を賑わしてくれる主役の一人だった。

ある年のことである。大叔父が前年の「まち」の帰り道での出来事を語り出した。おしゃべり自慢の親類たちも話し上手が声を上げたのを知り、一斉に顔を向けた。

畑の中のでこぼこ道を大叔父は自転車を引きながら歩いていた。ちょうど日当たりのよい丘に差し掛かったところで、酔いも手伝い、昼寝を決め込むことにした。するとどうだろう。目の前に、またもてなしの料理が出てくるではないか。親類宅はすべてまわったはずなのに、まだもう1軒残っていたことに気付く。見覚えがありそうな主人の歓待に乗せられ盃を重ねたと言う。

そうこうして、もう食べられない、家に帰らなくてはと辞そうとしたところでくしゃみが一つ、目が覚める。陽は傾き、日なただったはずの丘の畑は秋風にさらされていた。脇に置かれた手土産は風呂敷が食い破られ、折箱の中の御馳走はほとんど無くなっていた。そこでハタと気付く。「狸め」。座はどっと笑いに包まれた。

噓か真か。それはどちらでもよかった。帰りしなに皆から「今年は化かされませんように」と一声かけられるお約束まで取り付けた大叔父の芸に、みんな納得し笑顔で「まち」を終えるのだった。

当時、その丘は夜になると人魂が飛び交うことで有名だったという。今はアスファルトで舗装された道がとおり住宅が立ち並ぶ。狸も、もうどこかに行ってしまったことだろう。

 

 

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