消えつつあるこごろましい故郷の言葉

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中学2年生のとき、新任の女先生が口を酸っぱくして言ったのが「正しい言葉遣い」でした。なにしろ田舎で、海辺の村でしたから、大人たちは気性が荒く、言葉も乱暴でした。子どもたちも当然、それに準ずることになります。

 

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僕は長らくそれが地域で自然発生した独自の言語だと思っていました。しかし、大人になるにつれ古来の言葉、正しい言い回しから生まれたことに思い当たったのでした。言語研究は門外漢ゆえ、あるいは間違っているのかもしれませんが、いくつかその推理を披露したいと思います。

 

countrydialect

Billy Huynh

 

にらがであそんべよ

たとえば「あなた」のことを「に」と言います。もう少していねいにすると「にし」。これは「お主」から発生したものでしょう。

一方女性は「おめ」を使います。これは「御前(おまえ)」から生じたものと思われます。

一般に言葉は閉じた村社会で短縮化が促されるようです。すべて言わなくでも同じ習慣をもつ村人同士の間では以心伝心で意は伝わる。「お主」が「にし」となり、最後は「に」にまで縮められた理由です。

さて、章の題字とした「にらがであそんべよ」あるいは「おめらがあそんべよ」は「あなたの家で遊びましょうよ」という意味です。「らが」は「~の方の家」を意味します。

 

は、おんねよ

これには二つの地域言語が含まれています。

まず「は」。これは「もう」という意味です。もともとは「早くも」という言葉だったでしょう。自嘲や驚きを表すときによく用いられ、言説に勢いをつけるための接頭語でもあります。

そして「おんね」は「いけない」を意味します。もう少し上品な女性の言い回しにすると「おいない」となります。当初これは存在を示す「いる・いない」から生じたものと思っていました。しかし今回この記事を書くに当たり分析しなおしたところ、どうも「負えない」という意味にとるほうが正しそうです。

「は、おんねよ」は「もう、いけないよ」という意味ですが、より厳密な言い回しでは「もう、(このような重荷は)負うことはできないよ」ということになるでしょう。

 

てしょがねよ

「てしょ」とはお刺身などの醤油を受ける小皿のことです。祖父が言っていたので僕も自然にそう呼ぶようになりました。

しかしあるとき母の実家に行き「てしょがねよ(てしょがないよ)」と言ったところ、母方の祖母に「うちには『てしょ』というものはないよ」と言われてしまいました。その経験から「てしょ」は恥ずかしい言葉と学習してしまったのですが、のちに正しくは「おてしょう」と呼ぶことを知ります。

「おてしょう」とは「御手塩」と書き、食膳の不浄を清める塩を盛るための小皿のことでした。主に関西で使われるようですが、なぜ関東のわが家に伝わったのか。これはわが家の歴史を調べてわかったことですが、ここで公表すると実家が特定されてしまうので控えます。いずれにしろ由緒正しい言い回しであったことに、ちょっとうれしい気持ちがしました。

 

こごろましなあ

祖父はまた、よく「こごろましなあ」と言っていました。シチュエーションとしては、たとえばたわわに実った稲穂を眺めるとき、真っ赤に染まる夕日を眺めるとき。祖父は思わずつぶやいていたのでした。

僕ははじめはたんにうれしい気持ちを表現する言葉として「コゴロマシ」というものがあるのだと思っていました。

それがあるとき「心が増す」という意ではなかったかと気づきます。「心が広がり、心が大きくなる」。なんて素敵な表現でしょう。祖父はさまざまなものに「こごろまし」ていたのでした。

 

東京生まれの連れ合いが、実家のお盆の集まりに初めて参加したとき、何を言っているのかさっぱりわからなかった、そうです。叔父も「わかんねっぺえ、あははははは」と笑っていました。村や家の一員になるのに昔はそんなハードルがあったことを思うと、標準語(東京弁?NHK弁?)が普及した現在はよい時代だと思います。でも、ちょっとさみしいのは子ども時代への郷愁なのでしょうね。

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