怪異譚 | 夏に写り込んだ冬山、そしてテントを回り続けた登山靴

投稿日:2017年6月21日 更新日:

 

僕が体験した不思議なこと、じっさいに見たこと、聞いたことをご紹介します。第1回は登山での出来事です。

 

夏に写り込んだ冬山と誰のものでもないリュック

kaiitan_utsurikomi

Stephen Ellis

 

20代前半のある時期、山登りをしていました。大学を中退しアルバイトで働き始めた小さな町工場の若社長が山好きで、彼と社員らの登山グループに入れてくれたのがきっかけです。

これは職場のリーダーと二人で初夏、南アルプス北岳に登ったときの出来事です。

登頂を無事終え、のんびり下山していたところ森林限界まで来たので、コーヒーで一服することにしました。

森林限界とは高度の影響で森を構成するような樹木が生えなくなる地点のことです。それより上はまばらな低い木や高山植物ばかりで一気に開けた光景となります。このときは下山中でしたから、樹林帯に入る前に日当たりのよい場所で休憩をとることにしたのです。

僕らが休憩場所に選んだのは登山道から少し外れた斜面で、下から仰ぎ見ると短い草と背の低い松のようなダケカンバの木が青い空に映え、3000m級の高山にふさわしい雄大な風景を作っていました。足元には無数の岩が転がっており、低い笹の群生が迫っています。

なんだかんだと今回の登山を振り返り雑談を終えた僕らは、最後に記念写真を撮ることにしました。

リーダーのカメラで、交互に写し合いました。彼には岩と笹の境目の残雪にピッケルを挿し、腰かけてもらいました。ファインダーを覗くと残雪の白、岩の灰色、笹の緑、そして青い空がくっきり見えます。高山特有の強い日差しはまぶしく、露光充分のパキッとした写真が撮れるものと期待できました。

そして1週間ほど後、プリントができたとリーダーから飲みに誘われました。夜の居酒屋で山の写真を見ると、いつもその健康で健全すぎる風景に戸惑いを思えます。ただその日のその1枚は、別の意味で僕を戸惑わせました。

記憶をたどり、あのとき見た写真をスケッチしてみました。

kaiitan_utsurikomi2

人物をほぼ中心に、向かって右側は確かにあのときの景色が映っています。眩しい初夏の登山。しかし縦約半分から左側は冬山でした。斜面と手前のダケカンバの木が左右続いていたので確かに同一の場所です。ただ岩と笹原は白い雪で覆われていました。そして、さらに不思議なことにその雪原の手前には、誰のものでもない赤いリュックがぽつんと置かれていたのです。

リーダーは苦笑いを浮かべ「どうしよう」と僕に尋ねました。どうもこうもありません。なんらかのお祓いが必要でしょう。後に聞いた話では、その写真は近くのお寺で供養してもらったそうです。

その後、二人で山に行くことはありませんでした。1年後、僕はその町工場を辞めています。以来、彼の消息を尋ねることもしていません。

 

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テントを回り続けた登山靴

kaiitan_tozangutsu

Ian Espinosa

 

北岳にいっしょに登ったリーダーとは、その年の春か、あるいは前年の秋に、北アルプスの蝶ヶ岳にも登りました。

登頂を終えた日、横尾キャンプ場の近くにテントを張りました。ここは上高地から上がってくると穂高岳、槍ヶ岳、蝶ヶ岳に通じる3分岐の要となる場所であるため、登山愛好者で賑わっていました。

僕らが陣取った場所は河原の上流で、山から崩れ出た石は大きくごつごつしています。高さ30cmは優にある重い石をどかし、砂地を作り、ようやく二人用のテントを設営できました。同じような小さなテントが渓流を挟み、びっしりと並んでいました。

夕飯を済ませ、就寝の段となり、寝袋に横になると、テントの横を歩く登山靴の音がすぐ近くで聞こえます。3000m級の山登りに耐える靴は固く厚いゴム底でできています。ボコッ、ボコッと
独特の音を立てるのでした。

その夜、ふと目が覚めました。誰かが用を足しにでも行くのでしょう。登山靴の音が耳の近くを過ぎていきます。

ボコッ。ボコッ。ボコッ。

いや、それは過ぎ去りはしませんでした。テントの周囲を回っていたのでした。

ボコッ。ボコッ。ボコッ。

テントのあちら側に行ったかと思うと、また耳元へと巡ってきます。何度も何度も繰り返し回り続けます。

僕は声を上げることもできず、寝袋の中に頭をもぐりこませ、その音が離れるのをじっと待ちました。結局、それは夜が白むまで続きました。

翌朝、リーダーが頬を硬直させ問いかけてきました。

「聞こえなかった?」

彼もその靴音に悩まされていたのです

以前、若社長と先輩の雑談を耳にしたことがありました。下山するときにザックが急に重く感じられることがある。それは遭難して亡くなった方の魂が、いっしょに里に連れていってくれとしがみついたサインである、と。

僕は心のなかで「いっしょに帰ろう」と思ったのでした。

 

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