むかし古いお堂のあったところ

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薄暗い部屋のなか、老婆たちが車座になり念仏を唱えている。じゃらじゃらと音がするので目を凝らすと、全員の膝の上に大きく黒光りした玉が載っていた。左から右へとリズミカルに移動する玉。一つの大きな輪の数珠を老婆たちが繰り回していたのだ。

 

memoryoftheplace

Samuel Zeller

 

家族に頼まれ祖母をお堂に呼びに行く。閉め立てられた引き戸をたたくとわずかな隙間がスッと開いた。明るい戸外から覗き見たその光景は衝撃だった。怖いというより、何をしているのだろう、という興味が先んじた。

僕はその正体を確かめたくて、ある日、祖母の脇に座り、その不思議な儀式に参加させてもらった。

お堂の板張りの広間に老婆が一人、二人と集まり、まずはお茶をすすりながら世間話をする。座が整ったころ合いとなり、一人の老婆が「じゃ、始めましょかね」と口を切り、あの大きな数珠を戸棚から引っ張りだしてくる。それは村の歴史を物語る黒くすすけたお堂と同じように古く、手油に光っていた。念仏が始まると、数珠はまるで生きた大蛇のように老婆たちの膝の上を巧みに回っていった。

いまではすっかりすたれてしまったが、それは「講」と呼ばれる村人の寄り合い行事の一つだった。当時はさまざまな「講」が組まれていたようである。覚えているものには念仏を唱える「八日講」、妙齢の女性たちの「観音講」、小さな子をもつ母親たちの「子安講」などが、また何をしていたのかわからず名だけが耳に残る「恵比須講」「稲荷講」「竈神(こうじん)?庚申(こうしん)?講」などがあった。

さらに古く、祖父が若い時代には「月待講」というのもあったそうだ。毎年9月の十三夜に村の丘の頂上にある祠の前に青年たちが集まり、酒肴をいただきながら、月の出を待つ。ときに語り合い、ときに相撲で力比べをしたりというなんとも風流な行事だったらしい。

お堂の前には間口8m、奥行き15mほどの庭があり、その脇には出羽三山信仰の石碑がそびえていた。

また、お堂が立つ以前は村の共同墓地だったということで、反対側の脇に押しやられた先祖の墓が隣地との境界をつくっていた。神と仏が一堂に会した奇妙な場所だった。

ちなみにお堂はその呼び名からてっきり寺院だと思っていたが、そうではない。子どものころその理由をなんども親にきいたがわからず、そのままにしてあったことを思い出した。いま国語辞典を引いて知る。「堂」には人が集まる場所という意味もあるとのことだ。文字通りそこはむかしから「集会所」の目的で存在していたわけである。

お堂は大人たちだけでなく、遊び盛りの子どもにとっても重要な場所だった。農閑期の田んぼをのぞけば、広場といえる場所はそこだけである。自然と子どもたちが集まった。

そんな子供たちをねらい、ときにテキ屋のような人がやってくることもあった。10円を支払うとガムのような板を渡される。彫られた溝のとおりきれいに抜くと50円や100円がもらえる。型の難度によって、その代金と倍率は上がる。しかし、一人成功者をつくり射幸心をあおったところであとは難癖をつけ、頑として成功と認めないのがつねだった。でもそれにチャレンジしているときの僕らのいっしょう懸命さときたら。なかには100円も200円もつぎこむ子がいて、僕らは毎回、その手に引っかかっていた。

誰かと遊べるかもしれない、型抜きのおじちゃんがきてるかもしれない、そこは子どもたちにとってテーマパークのようなところだった。

僕たちはお堂の庭で缶けりや陣取りをして遊んだ。女の子たちはよくゴム飛びや石けりをしていた。そしてときに合流し、みんなで陣とりやゴム飛びをすることもあった。

陣取りの指揮をし大勝してみせるおねえちゃんがいた。倒立して片足でゴムをひっかけブリッジで反対側に抜けるという華麗な技を見せるおねえちゃんがいた。ファンタジスタは男女の別なくいた。

子どもが集まる場所ということでケンカもあった。広場の真んなかで、体格も年齢も上の番長に、ぜったいに敵わないのに何度も倒され、砂ぼこりにまみれながら立ち向かったあんちゃんがいた。勇気ある男の最初の見本として、僕はときどきそのシーンを思い出す。大人になったあんちゃんといまも顔をあわせるが、どこか畏敬の念がわきあがるのだった。

いつのことだろう古いお堂は壊され、ガラス戸で囲まれた明るい集会所が新築された。

しかしそのころにはもう庭で遊ぶ子どもは少なくなっていた。村の子どもの数が減っていたのがおもな理由だが、それ以外にも自転車の普及が影響していたように思う。一人が1台、自転車を持つようになった僕らの行動範囲はいっきに広がり、走ることが遊びになっていた。モータリゼーションが街の賑わいを変貌させたように、自転車は子どもの遊び場を変えた。

集会所には大人たちのひまつぶし用に将棋の駒と盤が1セット置かれていた。たまにそれを引っ張り出して遊ぶくらいが、集会所にいく理由だった。

それより以前のことだったと思うが、集会所には、誰が忘れたのか、あるいは寄贈したのか1冊の本が転がっていた。それは人間が宇宙人にさらわれるSFで、挿絵には奇妙なタイツを着たピエロのような男が一人描かれていた。そのタイツの模様はトランプのダイヤのマークが緑と黄色のチェックになったものだった。過ぎた奇抜は小さな心にトラウマを与える。僕は度肝を抜かれ、すっかりおびえてしまった。おかしな話だが、そんな過去の記憶も足が遠ざかる理由だったのかもしれない。

しかし、ある日、僕らは素晴らしいアトラクションを集会所に発見する。折り畳み式の新品の卓球台が置かれていたのだ。

狭い板張りの部屋に広げると後ろが2mもとれないほど窮屈だったが、僕らは卓球に夢中になった。とくに三つか四つ年下のある男の子とは学校から帰ると毎日卓球ばかりして遊んだ時期があった。

その子は中学生になると卓球部のキャプテンとなり、町の大会で優勝する。そのとき彼は僕の名を挙げ「教えてもらったおかげ」と自分の母に告げたそうだ。それは素直にうれしい出来事だった。

僕の息子は早生まれで体が小さかったせいか当時はやりのサッカークラブであまり活躍できなかった。そこである日、近所の卓球場に連れていき、いっしょに遊んだことがある。もちろんあのときの経験則があったからだ。ある日、息子はサッカーの試合をサボり飛び込みで出場した卓球大会で優勝してしまう。そして高校卓球部のキャプテンとなる。

たった一つでもいい、人は自信を持つと自分の力で道を開きだす。それを年下の少年から学んだ僕は、子育てで再現しようとした。

ある一つの場所が、一人の人間に長く影響を与え、そのうちのいくつかの出来事が契機となり、その人となりをつくっていく。むかし古いお堂のあったところで、僕はたいせつなことを学んだのだと思っている。

 

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