100年前の夏、波乗りしようぜと彼女を誘った若者の“自慢のサーフボード”がこちらです

投稿日:2017年1月11日 更新日:

 

オリンピックの正式競技種目として2020年東京大会で初めて採用されることになったサーフィン。その歴史は古く、西暦400年ごろには存在していたようです。しかしそれは南国ポリネシアでのお話。欧米で知られるようになったのは20世紀初頭のことでした。

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ここに1枚のモノクロ写真があります。画像アップロードサイトimgurに興味深い歴史写真として投稿されていました。

 

surfers1922

▲出典:imgur

 

5人の男女が海岸でくったくのない笑顔をほころばせています。それぞれ手に何かを携えていますね。板が数枚、横木でつながれています。そう、これはサーフボードなんです。

キャプションには「Surfers, 1922.」とありました。場所がどこであるかは不明。わかるのは1922年のサーファーということだけ。当時はこんな間に合わせの道具で波に乗っていたのですね。

  

この写真が撮られる2年前、ある人物がオリンピックで快挙を成し遂げます。その名はデューク・カハナモク。日本サーフィン連盟のサイトによると

1912年ストックホルムオリンピックと1920年のアントワープオリンピックの100メートル自由形で優勝した、ハワイ出身のデューク・カハナモクはサーフィンの愛好者でもあり、世界中にサーフィンを広めた人物とされています。

▲出典:NSA 日本サーフィン連盟「サーフィンの歴史」

彼が二つ目の金メダルを獲ったアントワープ大会は近代オリンピックの第7回目。前回1916年のベルリン大会は第一次世界大戦で幻となったため、8年の時をまたいでの2大会連続のチャンピオンでした。まだ歴史が浅かった当時のオリンピックにあって、これはアンビリーバブルな出来事であったにちがいありません。そのニュースは世界中を駆け巡り、やがてスターとなった彼が「サーフィン」という遊びをたしなむことも知った若者たちは、こぞってマネたことでしょう。

  

そんなブームのただなかにいた写真の5人。稀少で高価なサーフボードを手に入れるなど夢のまた夢だったはずです。でも彼らはどうしてもサーフィンをやってみたかった。新聞の小さなモノクロ写真から、あるいはニュース映画の数秒の映像から、ボードのおよそのサイズ・形を想像し、手近な材料でマイボードをつくりました。その情熱は色あせることなく、いま僕らの目を惹きつけます。

  

 あれからちょうど100年後、オリンピックに彼が帰ってきます。今度は大好きだったサーフィンで。潮風のSir Duke。あなたの遊びの幸福な未来を、ぜひその目でお確かめください。

 

 

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sunnydayfunny

昭和半ば生まれのおじさんです。妻と娘と猫と金魚と東京西部にひっそり暮らしています。息子夫婦に孫娘ちゃんもいます。「くらしとこころにそらより」うるおいを降り注ぐ記事をめざしています。

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