5月、休耕田の草刈りのため実家に帰り、Instagramに載せたい写真をいくつか撮ってきました。
写真が好きといっても一眼を持っているわけではありません。何を見て、何を感じ、何を切り取ったかがシャシンの基本と心得ているので、いつでもどこにでも持ち歩けるコンパクトカメラが昔から好きでした。
頑なにその場所にいると、デジカメはスマホで十分となります。ピントが合っていなくてもおかまいなし。僕の目だってもともと精巧なわけじゃないんだし。そんなわけで僕のインスタはスマホでパシャリとやったものばかりです。
一眼ファンの方のお気に障るようでしたらごめんなさい。これは僕のスタイルであり、一眼による写真を非難しているわけではありません。
さて、庭の池の横に、見事な白色のカラーの花が咲いていました。
空を向いたロートの中央を覗くと、黄色い仏炎苞(ぶつえんぽう)との対比が美しい。グッと寄って花弁の内側にフォーカスしました。

はじめにつけたタイトルは#whiteout。降りしきる雪で視界が閉ざされる現象を初夏の花に写してみました。
いつものように見知らぬ外国の数人の「いいね」がつき、運がよければコメントもいただける。今回もそんな感じで終わるはずでした。いやそんな感じで終わったのですが、コメントに複雑な思いを抱いたのでした。
上の画像の二つ目のshawndkennedy9氏のコメントにご注目ください。グッジョブを示すものと僕には意味のわからない(スマホでは手を振っているように見える)アイコンが並んでいます。
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アカウントからその人物のInstagramを確認すると、特定の人種を鼓舞するようなマッチョでセレブリティな日常の写真が並んでいました。
彼は#whiteoutを「White(白人)」「Out(出ていけ)」と受け取ってしまった恐れがあると僕は思いました。
その誤解は、そして彼と結びついたことでその誤解が拡散されるのは、とても不本意なことです。慌ててタイトルを花そのものの名前である「#callally」に変更しました。
極東に暮らす初老の男が、ただInstagramであそんでいるだけで、人種問題の片棒を担いでしまう。それほど世界が混迷していることに、僕は少々困惑しています。
この記事はwiredで紹介されたあるミュージックビデオに触発されまとめたものです
https://wired.jp/2018/05/18/this-is-america/