そらより

おもしろいと、かわいいと、おいしいと、うれしい。

「さ」の神の宿る日本の美しい言葉

   

 

日本語には古来より「さ」の神の宿る言葉があるとされています。
「さ」は一般に「五月」「早」と書き「若く瑞々しい」様子を表す接頭語(「大辞林」三省堂より)として用いられます。
たとえば

五月(さつき)。早苗(さなえ)。早乙女(さおとめ)。五月雨(さみだれ)。

 

また転じてつぎの言葉にも宿ります。

桜(さくら)、「さ」の神の暮らす木。

酒(さけ)、「さ」の神の気に満ちた飲み物。

海の幸山の幸(さち)、千の「さ」の神に満ちた食べ物。

いずれも生気に満ちた、あるいは生気を呼び起こすものが特徴です。

 

sakurasake

 

「さ」の神とはいったいなんでしょう。

この縁起を知ったのはNHK教育テレビです。Eテレなんてかっこいい呼び名が発明されるずっと以前、二十数年前の「趣味の講座」か何かの番組でした。

どこぞの大学の先生がホワイトボードを前にぼくとつと話されておられます。目を引いたのは、まずその容貌。仙人のような白ひげが不思議なオーラを放っていました。そして、何を語られているのか目を凝らし耳を傾けると、このお話でした。

結びにその所以を紐解くこともなく「不思議ですねえ」と微笑むだけでした。「みなさまもぜひ探してみてください」と話され番組は終わりました。しばらくその大学の先生のお名前を覚えていましたが、時の経過とともに忘れ、「さ」の神の宿る言葉だけが残りました。

後に文献として著されているものがないか探し、やっと見つけたのが民俗学者和歌森太郎氏の著書「花と日本人」でした。雑誌「草月」の連載をまとめたもので、昭和50年に単行本化されているようです。僕の手元にあるのは昭和57年に角川より発刊された文庫の初版本です。そこには、こう書かれています。

「五月五日の節句は、この時代まだ男児のそれではない。サツキとして、サナエをもって田に植える月、サオトメを中心にして、精進のための忌籠りの一夜を過ごすことに由来する節句であったから、どちらかといえば女性にとっての節句なのである」
「忌籠り(いみごもり) けがれにふれぬように身体を清め、家にこもり謹慎すること」

出典:「花と日本人」和歌森太郎 角川文庫(絶版)

日本の稲作文化に関連する穢れなき時、物、人に関係するものが「さ」の神のようです。ただここでも「サ」の部分に強調を示す「レ」のルビがふられるのみで、それを説明する文章は見当たりません。

以降、似たような説を唱える文章はこれだけであることから、たぶん僕がテレビで観た先生は和歌森太郎氏だったのではないかと思います。

 

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さて、ここからは僕の推測です。

お正月、神棚に注連(しめ)縄を飾る際の正しい向きをご存じですか。

太く揃えられた部分が頭です。これは律令国家の権力構造がヒントになります。中央に天照大御神(皇室の祖神=天皇)と太政大臣(皇太子)がおわします。その左右に実務を取り仕切る左大臣と右大臣がある。古来、左大臣のほうが位が高いため注連(しめ)縄の頭は神棚から見て左(飾り付けるものから向かって右)に向けるのが正しいとされます。

左大臣も「さ」がつきます。この「さ」は何でしょう。「先んずる者」と捉えることができます。「さ」は先(さき)を示すものではないでしょうか。時間経過の先頭にあることを示す「さ」であるがゆえに「瑞々しさの象徴」となるわけです。

古事記では冒頭において神の系譜が語られます。「神世七代」の段でウヒヂニノカミからイザナミノカミが列挙される、その言葉の順列の意味を中公新書「古事記の起源」はこう説明しています。

「おそらくは、祭式の場面の描写である。たとえば、泥土(ヒヂニ)からは田植え直前の水を少し入れた田の泥土のありさまが連想され、その水田に杭(クヒ)を打ち込んで祭式用の仮の建物(祭殿)を建て、それが完成した(オモダル)ところでおそらくは巫女がその建物にこもって神(おそらくは稲の神か)を迎え入れ、「なんとまあ畏れ多いことだ(アヤカシコ)」という神迎えの祝詞を発し、さらにその神を建物の中に「さあ、どうぞ(イザ)」と迎え入れた、といった描写だったのかもしれない」

出典:「古事記の起源-新しい古代像をもとめて-」工藤隆 中公新書

 

神世の行事はまさに和歌森太郎氏がサツキ、サナエ、サオトメを登場させ論じた民間の「忌籠り」と一致します。

このことから古代の田植えに執り行われた儀式で迎え入れたのが「さ」の神様であったと考えることができます。食糧生産のまっ「先」に降臨する「さ」は豊穣あるいは生命の神なのではないでしょうか。

「さ」の神のなんともありがたいことか。謎解きも無事終えたところで、今夜は「刺身」を「肴」に「酒」でもいただくことにいたしますか。

 

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