吉祥寺の銭湯「よろづ湯」を愉しむ

yorozuyu02でかける
この記事は約8分で読めます。

リフォームでしばらくお風呂が使えないので銭湯へ行ってきました。

利用したのはJR吉祥寺駅徒歩3分の「よろづ湯」です。

ちょっと遠回りですがわかりやすいほうから道順をご紹介すると、大通りからヨドバシカメラ横のお好み焼き「まりや」(*1)のある通りに入り、最初の十字路を右折し、すぐの場所です。

以前からその存在は知っていました。実際に利用してみたら昭和のレトロ感をたっぷりまとった味わい銭湯はたしかに絶好のタイムリープ・スポットでした。

 

yorozuyu01

 

スポンサーリンク

歓楽街の端にひっそり佇む

時刻は午後7時前。夜のお店が多い一帯ですが「よろづ湯」はその端。冒頭でわかりやすい道順をご紹介しましたが、駅交番から線路沿いを新宿方面に50mほど進み左に折れるのが駅からの最短順路です。路地にキャバレーらしき店が2軒ほどあります。でもキャッチのお兄さんをかいくぐって、などと表現するほど荒れてはいません。通勤や買い物帰りの女性が普通に通行しています。

「よろづ湯」は大きな煙突があるわけではないので目立ちません。遠くから吹き抜けの高窓が並ぶ佇まいを見つけ「銭湯かな?」と察しがつく程度です。路地を進み玄関正面にたどり着き、ようやく暖簾に「ゆ」の文字が確認できます。反対側にはおしゃれな外観のビルがあり、無機質な青白い光に埋もれ、ひっそりと建っています。

 

趣ある下足箱

玄関の引き戸を開けるとたたきがあり、左に「男」、右に「女」の看板。それぞれの側に下足箱があり、厚手の木製鍵が差し込まれています。黒く書かれた番号はかすれ年季が伺えます。何回か通いわかったのですが、木製鍵の使用数と入浴しているひとの数が合わない。いくつかは壊れ、あるいは盗まれして失われてしまったのでしょう。

正面には男でも女でもない子供用の小さな靴箱が。父ちゃんといっしょに入るのか、母ちゃんといっしょに入るのか、どちらでも自在な造りになっています。家族みんなで日常的に利用していた、かつての賑わいが目に浮かびます。

 

大人460円

男湯の引き戸を開けるとすぐ右手に番台があります。料金を尋ねると大人460円。あとでネットで調べたらこの10月からは消費税率アップに伴い10円値上げとのことでした。僕が日常的に銭湯を利用(*2)していた38年前は220円(出典:東京銭湯 都内入浴料金の推移)でしたからおよそ2倍です。それでもこの一等地に相当の広さの建物と大浴場の設備。経営の難しさは想像に難くありません。

 

脱衣所は番台の前

番台の前は広い板の間の脱衣所となっておりロッカーが並びます。

同じ吉祥寺にある「弁天湯」は番台前が男女共用の休憩スペースとなっており脱衣所はその奥。番台からは見えない仕組みです。

うちの娘は小学生の頃友だちと一度だけ「よろづ湯」に行ったことがあると言います。三十路の今は恥ずかしいのでリフォーム中は専ら「弁天湯」です。それでもつれあいによるとけっこう若い人も入っていたとのことでこちらをよしとする女性も少なくないようです。

ちなみに「弁天湯」は隣りにスポーツ活動で有名な「藤村女子高校」があります。つれあいの報告によると部活帰りとおぼしき生徒が7~8人の塊になり何組かやってきたそうです。キャーキャー声を上げながら洗い場に入りシャワーだけ浴びまたキャーと帰っていったそう。その様は野生に帰ったインコの集団と評していました。

「弁天湯」は比較的設備が整い、美観への気配りも行き届いています。好立地がそれを可能としているのかもしれません。男湯では小さなお子さん連れの家族もあり、現役バリバリの銭湯といった感じです。

一方「よろづ湯」は侘(わび)寂(さび)の境地にたたずむ銭湯。静かにその情緒を味わいたい方向きと言えるかもしれません。

 

昭和の銭湯ここにあり

さてひっそりとした「よろづ湯」は、その日午後7時だというのに男湯に3人しか入っていません。

ガラスの引き戸を開け、洗い場に入ると、カコーンという音と湯のこぼれる音が気持ちよく響きます。

おなじみ「ケロリン」の桶とプラスチックの椅子をつかみカランの前に陣取ります。

カランは左右の壁にそれぞれ1列ずつと中央の低い壁2ヵ所に4列。合計6列となっています。シャワーは女湯との仕切り壁側にのみ設置。おかげで中央の壁は低くなっており、洗い場が広々とした景観となっています。

ゴム紐のついた脱衣ロッカーの鍵と持参したタオル、シャンプー、石鹸を目の前のタイルの段差に置きます。そしてカランから汲んだお湯を肩からざっと流す。昔は後ろの方に気を使ったものですが、空いているので威勢やや増し増しです。

続けて石鹸で体を洗います。この手順はひとそれぞれでしょうが、僕は浴槽を汚さないというマナーに則り、そうしています。再び桶に汲んだお湯で石鹸をくまなく流し終え、ようやく浴槽に向かいます。

 

新しい銭湯絵に生気がみなぎる

浴槽の上にはお馴染み富士の銭湯絵。著名な中島盛夫氏(オフィシャルホームページ)の作品)です。残念ながら勇壮な富士の姿は女湯側に配され、男湯は岩礁にはねる波しぶきと水面を走るウィンドサーフィンの景観。下のタイル絵に富士が描かれているため重複をきらい女湯に持って行ったものと思われます。

富士や海、松の描写、レイアウト、配色、タッチ、どれも銭湯絵の真髄が体現されたもの。2017(平成29)年5月6日付のサインがあり、比較的新しいのですが違和感はなく、むしろ浴場全体の古びた雰囲気に生気を与え、盛り立てる仕事をしています。

前回の描画は別の絵師により2009年11月(出典:銭湯ペンキ絵師見習い日記)に行われています(現在ネット上で主に見かける絵はこちらの古いものです)。たった8年で塗り替えなければならないことも恐らくご苦労のひとつでしょう。

 

レトロを醸すタイル絵

一方、タイル絵はおそらく古くから“看板”としてそこにあったものと思われます。

女湯との仕切りの壁の鏡の上はタイルで描かれた見事な葡萄模様(参照:東京銭湯マップ)。葉を模したタイルはいまも製造されているのか。そもそもこれだけの仕事のできる職人さんは残っているのか。さらに湯舟の向こうでワイドに広がる富士のタイル絵もヴィンテージ物。これらを拝むだけでも「よろづ湯」に入る価値はあるでしょう。

ちなみに「弁天湯」も脱衣所と洗い場の仕切りの欄間にある大きな磨りガラスに描かれた弁天様が見もの。古民家再生の棟梁の話によると磨りガラスで絵画を表現できる職人さんは少ないとのこと。こちらも価値ある逸品です。

 

ペンキのめくれかかった吹き抜けの天井

タオルを頭に載せ、浴槽につかり、「ああ~」と漏れる声とともに見上げると、そこには吹き抜けの高い天井が見渡せます。

天井板はところどころがめくれ、いまにもはがれ落ちそうな薄い水色のペンキ。梁は固い木にまだ頑張って貼り付いている濃い水色のペンキ。そのコントラストが、どこか涼し気な海辺のようでほのかに旅情を醸してくれます。

 

ジェットに打たれじっくり温まる

男湯の浴槽はふたつにわかれています。

ひとつが広く2本のジェットが噴き出ています。湯温をメーターで確認すると42℃。メーターの印から46℃までの間で管理されているようです。

またひとつは正方形のやや狭い浴槽。一般的に湯温が高めになっているイメージですが、ここではさほど違いを感じられませんでした。

淵に腰掛けては入りを2~3度繰り返し、仕上げにジェットに当たり5分はこらえたでしょうか。さすがにのぼせてしまいそうになり上がりました。

自分のカランの場所に戻り、シャンプーとリンスをし、しっかり洗い流して再び浴槽に。名残を惜しみつつ温まり、最後は再びカランから汲んだ湯で体についた浴槽の湯を落とします。

そして桶と椅子はきちんと元あった場所に。

タオルを固く絞り、洗い場を出る前に水滴を拭き取ります。

 

そして銭湯は若者へ

洗い場から脱衣所に戻れば、ああ、クーラーが効いてさっぱりいい気持ち。

中庭に出られるガラス戸があるので涼みに出るのもよいでしょう。

銭湯で風呂上がりの定番とされる瓶入りの牛乳はここ「よろづ湯」にも「弁天湯」にも置いてありません。時代は些細な部分から確実に消えていきます。

番台に「どうも~」と声を掛け、脱衣所を出て下足箱前に。すると入り口付近で若い男女がなにやら思案しています。どうやらデートで急に銭湯に行こうとなった模様。手には何の用意もありません。

不安げな女性は励まされ、やっと中へ。

キミたちの銭湯体験に幸あれ。僕はヨドバシ裏の薄暗がりで笑みを浮かべながら帰路についたのでした。

 

銭湯「よろづ湯」

所在地:東京都武蔵野市吉祥寺本町1−18−9
電話番号:0422-22-3235(営業時間のみ)
営業時間:16時~24時30分
定休日:毎週土曜日
※手ぶらで利用する方は石鹸、タオルなどの購入が可能です。
シャンプー等の無料設置はありません。
※2月にはレモン湯、5月には菖蒲湯、12月にはゆず湯のサービスがあります。

yorozuyu03

【道草話】

*1「まりや」
昭和のレトロならこちらも負けていないお好み焼き「まりや」。夏のおすすめは2階の座敷です。クーラーがないため窓という窓は開け放たれ、いくつもの扇風機が鉄板の熱から客を守ります。風と共に入る雑踏をBGMにいただく〆のあんこ焼きはどこか懐かしく、映画や写真でしか知らない昭和初期の東京を彷彿とさせます。ちなみにあんこ焼きは相撲の朝潮関のリクエストから定番メニューになったものだとか。30年以上前、初めて訪れた際に「美味しいので、ぜひどうぞ」とお店の方から教えていただきました。以来、わが家の定番です。

*2「日常的に銭湯を利用」
まだ独り身で下町の風呂なしアパートに住んでいた頃、仕事が(あるいは飲みで)忙しく、銭湯には営業時間ぎりぎりで駆け込むのが常でした。冬、冴え冴えと光る月を見上げた帰り道。漠然とした寂しさに心が震えました。一方、休日に入る営業開始直後の昼間の一番風呂はこの世の至福。人生を銭湯で学ばせてもらいました。

 

コメント

Copy Protected by Chetan's WP-Copyprotect.
タイトルとURLをコピーしました